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神戸簡易裁判所 昭和56年(ろ)170号 判決

主文

被告人を罰金六、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五六年一月二七日午後一〇時二五分ごろ、西方から東方に向い、普通乗用自動車を運転して、神戸市須磨区戸政町四丁目一番四号先交差点に進入して左折通行するに際し、信号機の表示する信号を確認してこれに従うべき義務があるのに、信号を確認しなかった過失により、対面する信号機が赤色の燈火の信号を表示し、その下方に直進と右折のみを可とする青色の燈火の矢印信号を表示しているのに気付かず、これに従わないで、交差点に進入して左折進行したものである。

(証拠の標目)《省略》

(被告人の主張に対する判断)

被告人は、当公判廷において、対面する信号機が赤色の燈火の信号で、その下方に直進と右折を可とする青色の燈火の矢印信号を表示していたのに、十分注意して信号を見たにもかかわらず、赤色の信号と右折を可とする青色の矢印信号はそのとおりに見えたが、信号機の欠陥で直進を可とする青色の燈火の矢印信号が不鮮明なため左折を可とする青色の矢印信号に見えたので、交差点に進入して左折進行したものであるから、過失はなく、無罪である旨主張する。

そこで、まず、本件信号機及びその表示する直進を可とする青色の燈火の矢印信号は欠陥のある不適法かつ無効なものであるか否かについて検討する。道路交通法施行令一条の二第一項は、公安委員会が信号機を設置し、及び管理して交通の規制をするときは、車両がその前方から見やすいように設置し、及び管理しなければならない旨規定し、更に道路交通法施行規則(以下単に規則という)四条二項一号は、信号機の燈器の燈火は、高速自動車国道及び自動車専用道路以外の道路においては一五〇メートル前方から識別できる光度を有することとする旨規定している。道路交通法七条が車両に対し信号機の表示する信号に従う義務を課すからには、車両がその前方から見やすい信号にしておかなければならぬことは当然である。しかし、右の信号機の燈火の光度についての規則はいわゆる訓示規定であって、道路の状況等諸般の事情により、この条件を充さなくても、直ちにその信号機及びその表示する信号は不適法かつ無効となるというものではないと解すべきである。要は、道路交通法四条に規定する道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図るという目的にかなう程度の見やすいものであれば、その信号機及びその表示する信号は適法かつ有効なものと認められる。かかる見地からすると、最高制限速度で進行している車両が停止線の直前で安全に停止することのできる制動距離に相応する距離から、規則二三条に定められた適性試験の合格基準の視力を有する自動車運転者が対面信号機の表示する信号を識別することが可能であれば、その信号機及びその表示する信号は適法かつ有効であるというべきである。

これを本件についてみるに、《証拠省略》によると、本件の如き普通乗用自動車が約一〇〇分の二の下り勾配の乾燥したアスファルト道路上を最高制限速度四〇キロメートルで進行中、運転者が停止の用意をしてから確実に停止するまでに自動車が走行する広義の制動距離は約一七・五九メートルであり、そして、《証拠省略》によると、規則二三条に定められた普通乗用自動車免許の適性試験の視力の合格基準である両眼で〇・七の者は、停止線の手前約三三メートルの地点から、また、両眼の視力が〇・六の者や〇・四の者でも停止線の手前約二五メートルの地点から、本件の直進を可とする青色の燈火の矢印信号の識別が可能であることが認められる。そうすると、本件信号機及びその表示する信号は適法かつ有効であるというべきである。

なお、被告人は、本件当時の信号機の燈器の電球を明るいものに取替えた後に右証人戸田武雄らが信号を見分したものであると主張するけれども、《証拠省略》によると、本件信号機の電球は以前から毎年三月に取替えられていたところ、省エネルギー用新製品が開発されたので、昭和五六年三月二〇日付兵警交規発第一七五号信号機用電球のいっせい取替えの実施通達により同年三月一六日に従来の一〇〇ワット電球を七〇ワットTS七〇Rバンドミラー形の電球に球替えし、また、昭和五七年二月一日付兵警交規発第六三号通達により同年三月一六日に前年同様の七〇ワットの電球に球替えしたものであって、見やすさの点で従来の電球と特に変りがないことが認められる。

次に、被告人は、十分注意して信号を見たにもかかわらず、直進を可とする青色の燈火の矢印信号が左折を可とする青色の矢印信号に見えたと主張する点についてみるに、被告人はこの点に関し、第一二回公判期日の当公判廷において詳しく供述している。すなわち、本件から約四ヵ月後に視力を検査してもらった結果両眼とも〇・六であり、本件当時、対面信号機の赤色の燈火の信号は、停止線の手前三〇〇ないし四〇〇メートルの地点から、また、その下方にある青色の燈火の矢印信号の青色は、停止線の手前一〇〇ないし一五〇メートルの地点から見えていたが、青色の矢印信号の方向は不鮮明で判然としないまま進行し、停止線の手前約二〇メートルの地点から右折を可とする青色の矢印信号の方向はそのとおりに見えたけれど、直進を可とする青色の矢印信号は、停止線の手前約二〇メートルの地点から左折を可とする青色の矢印信号に見え、停止線に段々近づくに従って間違いなくそのとおりに見え、更に左折しながら信号を見るとはっきり左折を可とする青色の矢印信号に見えた旨供述しているが、右の直進を可とする青色の矢印信号が左折を可とする青色の矢印信号に見えた旨の供述部分は不自然であり、かつ、《証拠省略》に照らし措信できない。従って被告人の右主張は認められない。

結局、前掲各証拠を総合すれば、被告人は、前判示のとおり、信号確認義務を怠った過失により対面する信号機の表示する赤色の燈火の信号に従わなかったものであると認定するのが相当である。

(法令の適用)

判示所為 道路交通法四条一項、七条、一一九条二項、一項一号の二、同法施行令二条一項

労役場留置 刑法一八条

訴訟費用負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(裁判官 山本久巳)

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